医療判決紹介:最新記事

多種多様な臨床検査、特色踏まえた安全対策をきめ細かに実施

昨秋、国立がんセンター中央病院で起きた検体取り違え事故(注)は、医療安全対策における臨床検査部門のウェイトが増していることを改めて示した。診療部や看護部、薬剤部とは異なる検査部の業務の特色をどうとらえ、安全対策に取り組んでいったら良いのか。北里大学病院(神奈川県相模原市)臨床検査部門(棟方伸一技師長)では、独自にリスクマネジメント委員会を設置。インシデント再発時には委員会による立入り調査を行い、検体取り違え対策として「検査結果訂正・削除依頼書」を導入するなど、きめ細かで迅速な安全対策を実施している。

現場に立ち入り、業務の流れ把握して対策練る

同院にはもともと、1970年代から病院全体の医療安全対策について話し合う委員会を設けてきた伝統がある(「安全管理に欠かせないリスクマネジメント委員会の役割」本コーナー2002年8月30日掲載記事参照)。病院長の諮問機関のような位置づけで、各部門のリスクマネジャーが出席し、部門内や部門間で問題となった事例について、報告や議論、勧告・指導を行ってきた。

部門独自のリスクマネジメント委員会はそのミニチュア版だ。各部リスクマネジャーの諮問機関として、部内のインシデントやヒヤリハットについて報告を受け、より速やかに対策を勧告・指導していく。看護部や薬剤部にも同様の委員会がある。検査部の場合は、精度管理とリスクマネジメントを1つの委員会の中で話し合っていたが、2002年に精度管理機能を分離し、2002年から純粋に医療安全について活動する場として機能を強化してきた。

委員会の構成メンバーは、部内17の検査室(表1参照)から委員が各1人。生理検査部門と検体検査部門から副委員長が計2人。そして委員長には、臨床検査の専門知識があってかつ第三者の視点を持てる人材をあてるため、部外に出向している臨床検査技師を任命する。現在は同院輸血センター部に出向中の八木和世主任だ。

おもな活動は月1回の委員会でのインシデント・レポートの収集・分析と、各検査室で立てられたミス防止対策の内容を確認すること。さらに、同じ検査室内で似たようなインシデントが複数回起きた場合は、委員長と副委員長の3人が現場への立入り調査を敢行する。インシデント・レポートでは内容が把握できない場合も同様だ。現場からの要請で立ち入ったこともあったという。

「インシデント・レポートで報告される内容は平面的なもの。臨床検査部では検査室によって特徴や状況が異なるが、書面だけでは現状がわかりにくい。その場に行って検査業務の流れをつかむことによって、なぜ起きたのかを把握できるし、対策にもイメージが出てくる」と八木委員長。立入りを行ったのはこれまでに3回。当該検査室の責任者やリスクマネジメント委員、当事者らの聞き取りを行い、再発防止策を話し合う。

安全対策のポイントは検査の種類によって異なる

八木委員長が指摘するように、一口に臨床検査といっても業務は多様で、医療安全対策のあり方も一律ではない。医員や看護職、薬剤関係とは異なる業務の特色を踏まえる必要がある。

病床数1,000床以上、年間手術件数13,000件の同院の場合では、年間に行われる臨床検査数は現在およそ500万件に上る。

そのうち478万件と9割を占めるのが、診療部から送られてくる血液や尿といった検体を用いる検体検査部門だ。安全対策ではまず、検体受付から検査結果の報告までの流れにミスがないか、検体の取り違えがないか、といった手順の遵守が焦点になる。

同じ検体検査部門の中でも、検査室によって必要とされる技師の技術は異なる。血液検査室など1日1,000件以上の検体を機械で大量に処理する部署では、高度な分析装置が正確に機能しているか、システムや複雑な回路に不具合がないかといった機械のメンテナンス知識が重要だ。他方、遺伝子や染色体検査を担当する検査室では、検査数や機械は多くないが、その分人為的なミス防止に注意を払う必要がある。

残る1割は、心電図や呼吸、超音波、脳波などを行う生理検査部門だ。検体検査部門に比べ数は少ないが、患者や付き添い者への接遇の問題が出てくる。

また、「検査結果が出るのが遅い」といった苦情、検査データの読み方などについての問い合わせ、院内関係部署や職員との対応やマナーはどの部門にも共通する課題だ。さらに、開院以来24時間体制で診療支援を行っている同部では、臨床検査部にも当直があるため、引継ぎや申し送りなど、夜間帯や日祭日に特徴的なミスの対策も必要になる。

他部門の情報交換、連携も不可欠

臨床検査部独自にリスクマネジメント委員会を設置し、機能強化してきた成果はどうか。インシデント・レポート報告数の推移をみると、統計を取り始めた2002年7月から着実に減少していることが分かる(表2参照)。

発生が最も多かった「検体取り違え」については、医師からの内線連絡での指示取り消しがミスの発生につながっている可能性が高いと分析。病院本体のリスクマネジメント委員会に要望を上げて、文書で指示取り消し記録が残せるよう「検査結果訂正・削除依頼書」(表3参照)を導入した。「患者苦情」についてはマナー講習会を実施、技師1人ひとりが検査サービス向上の意識を高めるよう啓発活動を展開した。

また、院内イントラネットを使って、他部門のリスクマネジメント委員会とも積極的に情報交換するようにした。「たとえば、栄養部では入院患者に温かい食事を出せるよう工夫を凝らしているが、検査が長引いて予定の食事時間を過ぎてしまえば、栄養部の努力は無駄になり『食事が冷めていた』という苦情が寄せられてしまう」と説明するのは同部の平田泰良係長。関連部署の動きを把握して行動することが、病院全体の業務の質向上につながるという。

2003年度に計408件あった臨床検査部のインシデント報告数は、04年度200件台に減少。05年度は100件台に落ち着く見通しだ。バーコードによるオーダリングシステムが導入されたため、検体受付時のミスはさらに減る予定で、06年度は二桁台が目標という。八木委員長は「ただインシデント・レポートの数を減らすのではなく、自分たちの職場の医療安全に必要なものを、1人1人が考えて達成してほしい」としている。

(注)
2005年9月、国立がんセンター中央病院で行われた術前の細胞診検査で検体の取り違えミスがあり、60代の男性患者が別人の検体で肺がんと診断されて肺の一部を切除された。検体の取り違えで起きた医療過誤では、01年に福島県立医大医学部附属病院で胃炎の患者が末期がんの患者のものと取り違えられた例、00年に筑波大附属病院で肺の感染症患者のものと肺がん患者のものが取り違えられた例がある。
(表1)北里大学病院臨床検査部にある17検査室の構成
(表1)北里大学病院臨床検査部にある17検査室の構成
(表2)臨床検査部のインシデント・レポート報告数の推移
(表2)臨床検査部のインシデント・レポート報告数の推移
2005年度は途中集計。
主要項目以外のインシデント・レポートは表から省いたため和は総数と一致しない。
「至急」は「至急取り扱い」指定の検査を通常扱いしたもの
(表3)臨床検査部からの要望で同院に導入された「検査結果訂正・削除依頼書」

ダウンロード(PDFファイル:143KB)

カテゴリ: 2006年2月14日
ページの先頭へ