医療安全の教育を担当する者にとって、職員にいかに研修に参加してもらえるようにするかは課題の1つだ。滋賀医科大学附属病院(滋賀県大津市、608床)では、看護師が自発的に研修に参加したいと思える仕組みを作り、効果を上げているという。その取り組みを取材した。
受講シールの交付
滋賀医科大学附属病院では、年4回程度、全職員を対象に医療安全研修を実施している。その内容は、医療訴訟に詳しい弁護士の講演をはじめ、産業界の医療安全に対する取り組みや患者支援団体の講演など多岐にわたる。
「各部署の医療事故対策の取り組みを発表する場にもなっています。新人には2年間に4回の受講を義務づけ、その他の職員は2年間に3回を目安に受講してもらうことになっています。ただ、仕事の都合などもあり、必ずしも全員が出席できる訳ではありません」と、同研修の企画・運営を担当するゼネラルリスクマネジャーの小野幸子さんは話す。
同院では仕事の都合などで受講できなかった職員を対象に、研修時のビデオ記録を見てもらう機会も作っているが、思うように利用されない実態もあるようだ。
「ビデオは『いつでも見れる』という気楽さがあるからだと思います。いかに多くの職員に研修に参加してもらうかが課題です」というのは、看護部の統括リスクマネジャー(副看護部長)の餅田敬司さんだ。小野さんの前任者で、2年間、ゼネラルリスクマネジャーを務めた経験を持つ。
そこで職員の参加を促すために考えられたのが、受講シールの配布だ。研修の受講者に同院が独自に作成したシールを配布し、それを名札に貼付してもらうようにしている。シールの数が多いほど、医療安全への意識が高い表れだと思ってもらうのが狙いだ。
「ただ、これは参加の動機づけの1つに過ぎません。大事なのは、新人や中途採用者など対象者に応じた教育内容を検討し、それを継続していく仕組みを作ることです。聞くところによれば、1999年に起きた横浜市立大学附属病院の医療事故も、今では、同院の3割程度の職員しか直接には知らないそうです。それだけ職員の入れ替わりが多いということ。当院も全職員の約4割が新人または中途採用者です。医療安全への意識を高めるには、常に教育する機会をつくる必要性を感じています」と、餅田さんは話す。
クリニカルラダー制度とリンクさせた研修
そこで注目したいのが、看護部における継続教育だ。「新人教育」「キャリア開発支援」「看護実践能力強化研修」「トピックス」とテーマを大きく4つに分け、毎年、対象者と目標を定めた研修が行われている(http://www.shiga-med.ac.jp/hospital/sinryou.html、平成17年度看護職員教育計画表)。
中でも新人教育は年3回、実施する。中途採用者も含め、新規に採用された職員全員が対象となる。各自の仕事を振り返ったり、将来の目標を明確にする研修が中心だ。医療安全に関しては、インシデントや医療事故の定義を説明する他、インシデントが発生した際の対処法やその報告の仕組みなどを説明する。また、同院や各部署でのインシデントの傾向などを説明する機会も作っている。
一方、「キャリア開発支援」をテーマにした研修では、プリセプター(新人看護師の指導者)やリーダーシップ研修をはじめ、リスクマネジメントや災害看護などの研修も行われる。これらは看護部が03年から始めた「クリニカルラダー制度」とリンクしており、対象者を限定して実施されている。
その一例がリスクマネジメント研修だ。具体的なインシデント事例について、評価・分析手法を紹介しながら事故対策を検討する同研修の受講は、各部署のリスクマネジャーの他、「ラダーレベルII」以上の看護師に限られている。
クリニカルラダー制度とは看護師の臨床実践能力を評価する仕組みで、一定の審査に合格し、認定されると「ラダーレベルI~IV」のいずれかを取得できる。対象者は、看護師長と看護助手、パート看護師を除いた看護師全員だ。
「ラダーレベルI」は、看護師経験が2年目程度。「ラダーレベルII」は、看護師経験が3~4年目以上で、質的にも量的にも一人前の仕事ができ、後輩を指導できる段階。「ラダーレベルIII」は、5年以上の経験があるベテランで、実習指導もできる段階。「ラダーレベルIV」は、看護師のエキスパート的な存在で、認定看護師や専門看護師などと同等の役割が担える段階だ。
リスクマネジメント研修を「ラダーレベルII」以上に限ったのは、「インシデント事例の分析は、当事者の責任を追及するのではなく、発生した原因を明確にし、それらの対策を立てて実施することを重要視している。そのため、ある程度、業務経験を積んだ職員を対象に行った方が効果的」(看護部)という考えがあるからだ。
ちなみに「ラダーレベルI」を取得するには、新人教育の研修を受ける他、災害看護や事例検討、リーダーシップ研修も受講しなければならない。
同制度は、職員の研修への参加動機を高める仕組みとしても注目に値する。レベルごとに到達すべき目標と、「情報収集」「問題の明確化」「計画立案」「実践」「評価」「管理」「教育」「研究」というテーマに応じて必要な能力が設定されている。
各自がレベルごとに必要な能力や条件をクリアしていると判断したら、一定の期間に審査を受け、「A 良い」「B 普通」「C 努力を要す」の3段階で上司から評価を受ける。Cが1つもなければ合格となり、各ラダーレベルを取得。次の上位レベルに挑戦できるチャンスが得られる。
例えば、「ラダーレベルII」の「実践」の能力は、客観的なデータと身体的な変化とを結びつけた観察ができ、両方のデータから身体上の変化を判断できるかどうかを、実践例を述べさせて審査する。また、同レベルの「管理」の能力では、病棟内の環境を整えたり、輸液ポンプなど物品の故障や修理についてどのような対処ができるかを述べさせるなどして判断する。
受講を促すインセンティブ
この制度の特徴は、何と言っても看護師が自主的に審査を申し込むという点にある。看護部側は、「ラダーレベルIII」以上を目指すよう看護師に伝えているが、受審するかどうかの判断はあくまでも本人に委ねられている。
「中には10年以上の経験があっても挑戦しない人もいれば、若くてもキャリアを磨き、レベルの向上に努めている人もいます。そうした個人のキャリア開発を評価するのが目的です。各ラダーレベルの審査基準も公開していますので、各自が目標を定めて、質の向上を目指すことが可能になっています」と、副看護部長で教育を担当する藤野みつ子さんは話す。
看護師の自主性に任せるだけではなく、キャリアを磨いてもらうためのインセンティブも用意されている。ラダーレベルの取得をボーナスの査定や昇進の検討に生かしたり、「ラダーレベルIII」以上の場合は、認定看護師の受験資格を得たり、海外研修の参加も可能になるという。
現在、看護師386人のうち、「ラダーレベルI」の取得者は55人、「ラダーレベルII」は80人、「ラダーレベルIII」は51人、「ラダーレベルIV」は6人となっている。看護師の約半数が取得していることになる。年度の途中で退職する人もいるため、その増加率を判断するのは難しいが、確実にクリニカルラダー制度に挑戦する看護師は増えている。
また、同院には重症集中ケアやホスピスケアなどの認定看護師が13人と専門看護師(成人慢性看護)が1人いるが、「この数の多さは国立大学病院の中でもトップレベル」(看護部)という。キャリアを磨こうという看護師の意識の高さを物語っていると言えよう。今後は、「ラダーレベルの取得を人事考課にも取り入れていきたい」(藤野さん)と考えている。
職員研修を医療や看護の質の向上に活かすには、内容の工夫もさることながら、職員が自発的に学ぼうと思える仕組みを作る必要もあるのだとわかる。それがひいては医療安全にもつながっていくものと期待したい。
図表1 滋賀医科大学医学部附属病院看護部におけるクリニカルラダー制度
(臨床能力習熟度段階)の到達レベル(一部抜粋)
ラダーレベルI | ラダーレベルII | ラダーレベルIII | ラダーレベルIV | |
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ラダーの目安 | 看護職経験2年目程度 | 一人前看護師(看護職経験3~4年目以上。質・量的に一人前の仕事ができる看護師。プリセプターの役割が担える段階。) | 熟達看護師(5年目以上の経験を持つ。責任感を持ち、複雑な状況を理解し、患者状況を認識し、介入できる。他医療職へ働きかけられる。実習指導担当ができる段階。) | エキスパート看護師(洗練された知と技、優れた臨床判断と倫理的行動がとれる看護師。認定看護師・専門看護師などの役割が担える段階。) |
到達レベル |
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情報収集 |
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~ | ||||
実践 |
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図表2 滋賀医科大学医学部附属病院看護部におけるクリニカルラダー制度の評価基準(一部抜粋)
ラダーレベルI | ラダーレベルII | ラダーレベルIII | ラダーレベルIV | |
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情報収集 |
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5.
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~ | ||||
実践 |
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9.~11.
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医療安全研修に参加した職員に交付されるシール。
受講を促す取り組みの1つだ。
左がゼネラルリスクマネジャーの小野幸子さん、
右が看護部の統括リスクマネジャー(副看護部長)の餅田敬司さん。