武蔵野赤十字病院の臨床研修部長の日下隼人さん。
院長補佐、小児科部長も兼務する。
東京SP研究会の活動にも参加している。
医学教育の中で、医師のコミュニケーション力を重視する風潮が高まっている。研修医にとっても、患者といかにコミュニケーションをとるかは大事なテーマだ。武蔵野赤十字病院の臨床研修部長で、模擬患者の活動にも詳しい日下隼人さんに、研修医に対するコミュニケーション指導のあり方を聞いた。
- Q.研修医に対するコミュニケーション指導をされているようですね。
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オリエンテーションで患者とのコミュニケーションのあり方について講義するほか、日常の診療場面で気づいた点を指導しています。また、当院では医学生の見学を随時受け入れていますが、それら学生にもコミュニケーションの話しをしています。他にも模擬患者(SP=Simulated Patient)を取り入れた演習も行っています。
研修医も2年目になると、コミュニケーション能力が低下するので注意が必要です。経験を積むに従って、どうしても慣れが生じてしまいます。その結果、患者への言葉遣いが粗雑になったり、患者の言うことを聞かなくなります。また、具体的に説明もしないで、断定的にモノを言ったり、専門用語などの難しい言葉を使いがちです。
ところが、そうやって断定的に話しをしたばかりに、本来は起こりうる症状の変化であっても、後で患者からクレームとなる場合があります。研修医は、患者に対して全知全能のように振舞わなくてはいけないとか、権威がないといけないと考えるのでしょうね。
他にも、救急医療の場面で、「ちょっと家で様子を見て、何かあったらいつでも来てください」と言う医師がいますが、これでは不十分です。患者を突き放しているようなものです。患者は「何か」が、わからないからです。「こういう症状があったら来てください」と具体的に説明し、その上で「それ以外の症状であっても、心配になったら来てください」と伝えるべきなのです。
- Q.では、どのようなコミュニケーションのあり方が望ましいのでしょうか。
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大事なのは、聞く姿勢です。医師はつい喋りすぎてしまいますが、まずは患者の話しを聞くことです。「Talk to」ではなく、「Talk with」、つまり会話をしようという姿勢が必要です。
そもそも患者と医師の関係は、相互不信から始まっています。「この医師で大丈夫なんだろうか」と、患者は内心考えているのです。話しを聞いてもらえると思えば、医師への印象が少しプラスに転じます。そうやって話しを聞くことを積み重ねていけば、次第に患者は受け入れられていると感じ、「この人なら話しても良さそう」と思ってくれるのです。
すると、患者から症状につながる話しを聞けることがあります。「そうか、そういう背景があったから、こういう症状が出てきたのか」と、医師もわかるようになるのです。これは適切な診断にもつながります。時には、患者からの情報で、ミスを事前に回避出来る場合もあります。指導医の中には「いつまで患者と話しをしているんだ」とたしなめる人もいますが、患者との会話は決して無駄にはならないのです。
患者とコミュニケーションをとる上で、もう1つ押さえておくべき点は、医師の言葉は通じにくいということ。こちらは丁寧に説明したつもりでも、通じにくいことはよく起こります。それは、1.専門用語をそのまま用いている、2.一般の人が知っている言葉だが、医療者との間での理解や感覚と異なる、3.日常語として堅苦しい言葉が使われる、4.言葉が無神経、などが理由です。
医師にとっては当たり前に使っている言葉でも、患者にとっては聞き慣れない言葉ばかりです。例えば、白血球という言葉1つとっても、それがどのような細胞なのかがわからない場合もあるのです。患者にとっては普段から聞き慣れない言葉ですから、一度に受け止められる情報量も限られています。
医師が患者に話す場合は、1.難しい専門用語は使わない、2.なるべくたとえ話をする、3.会話のスピードはゆっくりと、4.話す量は少な目に、が基本です。ノンバーバル(非言語)コミュニケーションも大事です。足を組んだり、ふんぞり返ったり、貧乏ゆすりなどは決してしてはいけません。いくら言葉で丁寧に説明しているつもりでも、こうした態度を患者は敏感に察知します。
では、このように丁寧に説明すれば、患者はきちんとわかってくれるかというとそうでもありません。同じような質問をされる場合もあります。医師にしてみれば、「あれだけ説明したのに、また聞いてくるのか」と思いがちですが、それは仕方のないことです。なぜなら、患者は医師の説明を聞いて、ようやく何がわからないかがわかる程度なのですから。
ですから、質問されたら喜んでいいのです。逆に質問がなければ、説明が良くなかったと考えた方がいいでしょう。そもそも信頼していない医師に、患者は質問しようとは思いませんしね。
医師には、誰にもわかるようにかみ砕いて説明する能力と、同じことを何度も繰り返し話す忍耐力が求められているとも言えます。
それと、医師はコミュニケーションの特性を知っておくべきです。コミュニケーションがとれるようになれば、患者の心の奥ではさまざまな動きが始まります。例えば、医師を頼りになると感じれば、過度に依存的な態度を示す場合もあります。それは心の動きとしてあり得ることですが、それを知らないばかりに、医師は患者を断罪したり、突き放してしまうことがあります。患者の心の中でどんな動きが起こっているかを知らずに、誤った判断や行動をとってしまいかねないのです。
- Q.研修医を指導する上での注意点などあれば、教えてください。
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研修医は半年も過ぎれば、患者を軽視するようになりがちです。「いくら言っても聞かないし、わかってくれない」と、愚痴をこぼしがちです。医師になれば、どうしても鼻が高くなってくるので、それを折るのではなく、少しだけ押し込むような助言を絶えず行っていくことが必要です。「こうすれば良い」ではなく、「私ならこうする」「こういうやり方もある」「こうしてくれたら、もっと嬉しいのでは」などと話すように心がけています。
だからといって、そうした教育の効果がすぐに表れるとは限りません。でも、何年か先に、「あの時言われたのは、こういうことだったのか」と、気づいてくれれば良いと思っています。長い目で教育していく姿勢が大事だと思っています。
佐伯晴子・日下隼人著、医学書院
話せる医療者―シミュレイテッド・ペイシェントに聞く |