学校健診において運動器検診が2016年度から必須化される。対象は小学1年生から高校3年生までの全学年だ。内科健診に付随して従来から実施されている「脊柱側弯症」とは別に「四肢の状態」のチェックも加わる。オーバーユースによる運動器障害(スポーツ障害)はもちろん、姿勢不良・運動不足による運動器機能不全の状態にある子、いわゆる「子どもロコモ」の抽出も行なわれるのがトピックだ。
すでに地域の医師会から打診を受け、検診でスクリーニングされた生徒の受診を受け入れる「運動器検診協力医」として登録を済ませ、日本学校保健会や日本医師会および地区医師会が主催する研修会に参加した整形外科医も多いはずだ。だが検査の方法等が解説されている『児童生徒等の健康診断マニュアル』改訂版の発刊が遅れたことも含め、「子どもの運動器の疾患や機能不全の理解が、保護者や養護教諭、保健体育教諭、内科医主体の校医は言うにおよばず、受診を担当する当の整形外科医にも浸透していないのが現状。運動器検診は多くの地域が手探り状態でのスタートになる」と、埼玉県にて運動器検診モデル事業を担当した林承弘医師は言う。
「送られて来る生徒の中には、明らかな運動器疾患や障害を持ち、治療を要する者がいます。隠れた運動器疾患を持つ子どもがいる可能性もある。すぐには治療の対象にはならないものの、今運動器機能の回復をはからないと将来的に重大な障害や二次的なケガにつながる運動器機能不全の子も多数いる」
学校健診は4~5月に集中する。その子らが来院したらどのような点に留意して診察すればよいか。ポイントを林医師に聞いた。
スクリーニングされる運動器の疾患と機能不全(子どもロコモ)
運動器検診でスクリーニングされる具体的な疾患としては、脊椎では脊柱側弯症、脊椎分離症、上肢では野球肘、野球肩、股関節・下肢ではペルテス病、大腿骨頭すべり症、発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼)、オスグッド病などがある。
このような発育不全やオーバーユースによる運動器障害だけでなく、「バランス能力が低い」「体が硬い」など運動器機能不全の子、いわゆる「子どもロコモ」もスクリーニングされる。「子どもロコモ」の多くは姿勢不良や運動不足によるものだが、改善させないまま放置すると、将来、「大人のロコモ」になる可能性が高くなるとされており、その早期発見と予防が、今年から始まる運動器検診の主要目的のひとつだ。
「バランス能力が低い」「体が硬い」などの運動器機能不全の生徒のなかには、脊椎分離症、野球肘、ペルテス病、オスグッド病などが隠れている場合がある。
「子どもロコモの子と一括してスクリーニングされる可能性が高く、受診を受け入れる医療機関は両者の鑑別が必要です」(林医師、以下同)。その注意点については後述する。
運動器検診で多数スクリーニングされると予想される「子どもロコモ」についてはあまり知られていないので、以下補足する。
ロコモティブシンドロームは、「骨、関節、軟骨、椎間板、筋肉といった運動器のいずれか、あるいは複数に障害が起こり、「立つ」「歩く」といった移動機能が低下している状態」をいう。日本整形外科学会が2007年に提唱した概念だ。本来は団塊の世代が後期高齢者となって介護や社会保障費等の負担が急増することを危惧する、いわゆる"2025年問題"などを視野に入れ、「運動器を長持ちさせ、ロコモを予防し、健康寿命を延ばしていくことが必要」と提言したものである。
このロコモが子どもにも起こっていることが、ここ10年で明らかになってきた。
検診のスタートに先駆けて2005年から10の道府県で「運動器検診体制の整備・充実モデル事業」が段階的に行われた。その結果、約10%の子どもに運動器疾患があると推定された。またバランス能力、柔軟性をチェックする4つの基本動作のうち1つ以上できない子どもの比率は約40%に達した。
整形外科開業医の加入が多い特定非営利活動法人全国ストップ・ザ・ロコモ協議会副理事長で、さいたま市で開業している林医師は、以前から子どもたちの体に起きている異変に気付いていた。
「体育の授業で跳び箱を跳んで着地に失敗し、両手首を骨折した13歳の子どもを診たことがあります。バランスを崩し、頭の方からもんどり打って倒れた。ですが手が反らないまま落下したので骨折しました。とっさに手のひらを開いて衝撃を受け止める防護態勢がとれなかったのです」
2008年から始まった埼玉県での運動器検診モデル事業を担当した林医師は、その異変がロコモティブシンドロームの高齢者とよく似た要因で起こっていると確信した。
「学校現場から、雑巾がけしていて前のめりになり歯を折ってしまう、転ぶときに手が出ない、朝礼で立っていられないなど、子どもの体の異変に関する様々な事例が続々と寄せられて来ました」
実際、2010~2013年の間に幼稚園~中学までの学年(計1343名)を対象として運動器検診を実施すると体の硬さやバランスの悪さなど、子どもの体の異変を裏付けるデータが得られた。きわめて基本的な以下の4つの動作でチェックした。
- 片脚立ちがふらつかず5秒以上できるか
- しゃがみ込みができるか(途中でとまらず、踵があがらず、後ろへ転倒せず)
- 両腕の垂直拳上(耳の後ろまで)ができるか
- 体前屈で、膝を伸ばしたまま指が楽に床につくか
すると1.片脚立ちでは14.7%、2.しゃがみ込みでは15.3%、3.上肢垂直拳上では7.1%、4.体前屈では23.3%の子がうまくできず、4項目のうち一つでもひっかかった児童生徒は41.6%に達した。
小中学生だけではない。250名の高校生を対象に運動機能について自己申告してもらった調査でも、「ボール投げができない」、「簡単に骨折した」、「手足が不器用で靴紐が結べない」、「突き指・捻挫を高校で初めて経験した」、「マット運動の前転・後転で首を捻挫したり、まっすぐ後ろに回れない・手のつき方が悪い」、「車酔いしやすく、マット運動等で気分が悪くなり授業に参加できない」などの申告が少なからずあがってきた。
このように運動器機能が低下し、骨折等のケガを起こしやすい「運動器機能不全」の状態におちいっている子どもが多いことに対して、林医師らは「子どもロコモ」と名付けて注意を喚起した。
林医師は、子どものロコモの増加は、骨折率の増加にもつながっていると見ている。独立行政法人日本スポーツ振興センター統計によると、子ども全体の骨折率は、40年間で2.5倍に増加した。中・高生の骨折率は、2000年頃からさらに増え続け、2011年には1970年の3倍以上になった。一方、小学生は横ばい、保育園・幼稚園児は減少傾向にある。
「これは外遊び場が減少し、携帯のゲーム機が低年齢層にも普及してきた時期に重なります。こうした背景から子どもたちは、小さなケガを経験する機会もなくなり、十分な危険回避能力が身につかないまま成長してしまう。その結果、中高生になって部活などでいきなり専門的なスポーツ活動を始めるため、骨折などの大けがにつながってしまうものと推測されます」
運動器検診の中身と流れ
検診は次のような流れで実施される。
- 事前に保健調査票(問診票)を家庭に渡して記入してもらう。
- 学校(養護教諭)は保健調査票に、学校での日常の健康観察等の情報を加えて整理し、検診の際、学校医に提供する。
- 校医は2.の情報を基に視触診等による検診を行う。四肢の状態を検査する際には、形態・発育ならびに関節の可動域など運動器機能の状態を注意して診る。
- 異常が疑われる場合は、学校はその結果を生徒の保護者に連絡し、あらかじめ協力を取り付けている地域の整形外科専門医(運動器検診協力医)を紹介して受診をうながす。
「四肢の状態」はモデル事業で行なわれたのと同様に4~5つのポーズをとらせ、体のバランスや硬さおよび動作時痛等をチェックする。ところがモデル事業では整形外科専門医によるチェックで運動器機能不全が高率に検出された。この結果を受けて、制限された時間内で内科医主体の学校医が運動器の異常をスクリーニングするには無理がある、といった意見が多数出た。こうした背景等もあり、今年から始まる本番の検診では、事前に保護者に保健調査票(問診票)を渡す方式になった。前述のポーズを家庭で行なわせ、うまくできるかを保護者がチェックし記入する。保健調査票を書くことにより運動器に対する関心を保護者に持ってもらうのも運動器検診の目的の一つだからだ。
検診の結果次第で、受診勧告をする、あるいは経過観察とみなし保健指導を行っていくことになるが、この仕組みや流れが確定したのは2015年の暮れが近くなった頃だった。そこから各都道府県や自治体で検診の体制づくりのための模索が始まった。検診体制は地域の実情に応じて構築されるため、統一モデルはない。時間不足のあわただしさもあり、運動器検診協力医の登録が進まない地域が続出した。
そこで林医師にお願いして、さいたま市で構築済みの運動器検診の中身と流れをひとつの雛形として見せてもらうことにした。
以下、実際に検診で使用される書類も含まれており、参照されたい。
問診票では、モデル事業で行なわれた前述の4つの基本動作に加え、肘の曲げ伸ばしの左右差が問われており、合計7つの質問事項となっている。脊柱側弯症に対するチェック項目は5つだ。学校はこの問診票をそのまま校医に渡すのではなく、できるだけ学校での日常の健康観察等の情報を加えたり、整理したりして、検診の際に校医に提供する。校医はこれらの情報を基に検診を行い、その結果を「健康診断結果のお知らせ」に記入する。
次の表は検診の結果、どんな状態の子が専門医のもとでの受診を勧告されるのか、を示したフロー図である。それによると、「片脚立ちができずに痛みがある」、「しゃがみ込みができずに痛みがある」、「肩挙上(両腕の垂直拳上)できない」、「肘屈伸(肘の曲げ伸ばし)で左右差がある」、また「体前屈・後屈で痛みがある」場合で、現在整形外科へ通院していない子に対して受診勧告がなされる。
「側弯症やオーバーユースによる運動器障害(スポーツ障害)が明らかな子・疑いのある子で、痛みのある場合はほとんどがすでに医療機関を受診していると思われます。問題なのは痛みを隠していたり、痛みがなくとも関節可動域制限がある子で、可能な限り検診でチェックし、すぐに検診協力医への受診を勧めます」
注意を要するのは運動をしない子のスクリーニングだ。運動しない子は2つに大別でき、運動不足のために体が硬い・バランスが悪い「子どもロコモ」と、隠れた運動器疾患を持っていて運動ができない子がいる。
「両群の区別が必要ですが、学校での検診では両群を鑑別するのは難しいでしょう。隠れた疾患がありそうな場合は、検診協力医のもとへ送ってもらうのが原則ですが、即座に受診勧告するのか、少し様子をみるのか、校医や学校、地区によってその対応は違ってくることが予想されます」
運動器検診協力医が少ない地域の対策としては、学校や家庭で体操、ストレッチ、バランス訓練を充分にやってもらい、その結果改善されない子どもは隠れた運動器疾患を持っている可能性があると考え、そのグループのみを運動器検診協力医に紹介してもらうといった方法が考えられているようだ。
いずれにしろ学校が生徒に受診勧告する場合は、検診の結果を生徒の保護者に連絡し、あらかじめ受け入れを表明している地域の整形外科専門医(運動器検診協力医)の中から受診先を紹介する。
受診勧告を受けた子を診るとき留意すべきこと
検診の結果、受診勧告を受けた生徒は、原則的に「健康診断結果のお知らせ」票を持参して受診をすることになっている。多くは明確な症状や疾患を持っている生徒だと思われる。ときに経過観察をしている過程で症状が悪化したり、二次的なケガを負って受診する場合もあると考えられる。
「これらに対してはルーティンの診断・治療を実施すればよいでしょう」
診察した医師は、「健康診断結果のお知らせ」票の下半分の【医療機関の先生へ】の欄に、診断結果を、
(1.「正常範囲内」、2.「異常あり」)の2択で選ぶ。2の場合は疑いを含む病名を記入し、さらに(1. 「経過観察」、2.「治療」、3.「その他」)の中から、方針を選び、医療機関名、医師名を記入して生徒に渡す。
学校は専門医の指示内容を保護者から確認し、指示内容はまとめて記載しておき、学校での指導に役立たせる、といった流れになる。
注意を要するのは、「バランスが悪い」「体が硬い」「関節の可動域が狭い」などの運動器機能不全があり、痛みなどの症状を伴っているケースだ。 「痛みを伴うケースの多くはオーバーユースによるオスグッド病やアキレス腱炎、野球肘、腰椎分離症などですが、発育性股関節形成不全、ペルテス病、大腿骨頭すべり症などの股関節疾患も隠れている場合があり、注意が必要です。股関節疾患では、可動域制限だけでなく、患肢で片脚立ちした時に健側の骨盤が下がる、トレンデレンブルグ兆候がみられる、という目安があります」
診察室へ入室する際の歩行状態、姿勢(猫背・骨盤後傾)もよい目安になる。さらに前出の問診票に載っている基本ポーズを診察室で行なわせて、痛みを誘発したり、体の使い方、動きをみることを林医師は薦める。
「子どもロコモ」と「隠れた疾患を持っている子」の鑑別が済んだ後、検診協力医に是非行って欲しい、と林医師が要望するのが、現状では深刻な症状がない「子どもロコモ」に対するケアである。
子どものロコモは進行すれば、将来、より重大な運動器疾患を抱える、あるいは副次的に骨折などの大ケガにつながるかもしれない。また大人になってロコモになる確率が高くなったり、要支援や要介護になる時期が早まったりする可能性を危惧する報告もある。できれば子どものうちに改善したい。
「軽症であれば体の使い方などを診察室でちょっと指導するだけでバランスや柔軟性を回復するコツを覚えます。その体感を感じてもらうことが重要です。またロコモの要因となっている猫背・骨盤後傾などの姿勢の悪さもその場で改善できる場合もあります」
所要時間は数分間。具体的な症例を紹介する。
運動が嫌いでスマホゲームをする時間が多く、腰痛が主訴。姿勢を見ると、顎が前に突きで、猫背であり、腹も出ている骨盤が後傾した悪い姿勢の典型だった。
「膝立ち姿勢で姿勢は矯正できますが、一時的で、立つとすぐに悪い姿勢に戻ってしまいます。全身の運動器を使う体操・ストレッチを家庭でもやってもらうように指導し、継続してもらっています」
主訴は肩こりで、ゲームをする時間が長く、体が硬かった。
「前屈ができなかったので、腰を折るのではなく股関節からお辞儀をするような体の使い方のコツを教え、次に膝を曲げて手を着き、そのまま膝をゆっくり伸ばしていく方法をためしてみると、どうにか指をつけての前屈ができるようになりました」
いずれも診察室で一時的に矯正・改善はできたものの、持続することが大切なので、保護者に姿勢の重要さについて関心を持ってもらい、家庭で悪い姿勢をなるべく減らしていき、体を動かす体操やストレッチを行ってもらうように理解と協力を要請した。
林医師らが工夫して編み出した上記のような矯正・改善体操は、「子どもロコモ」の対策・処方箋として冊子化(A4、4ページの折りたたみ形式)され、県内の学校現場に配布された。1.片脚立ちができない場合の対策、2.しゃがみ込みができない場合の対策、3.肩が垂直に上がらない場合の対策、4.前屈で指が床につかない場合の対策、5.肘や手首の動きが悪い場合の対策、6.浮き指の場合の対策が、写真図解として載っている。この処方箋は、埼玉県医師会のHPからもダウンロードできる(http://www.saitama.med.or.jp/gakkoui/kodomo.pdf)。これを保護者に渡して、実践してもらえばよいだろう。
「子どもの運動器の機能を改善するポイントは、1.姿勢のよさ、2.肩関節と股関節のやわらかさ、3.手足と指の関節のやわらかさの3点です。子どものうちに運動器の機能をよい状態に改善させることで、健康でケガの少ない生活を送ることができると同時に、大人のロコモも予防し、「健康な運動器」という一生の財産を得ることにもつながります。学校運動器検診の目標はここにあります。そのために家庭および校医、養護教諭、体育教諭、栄養士さらには整形外科医が相互に連携をとり、『よい姿勢で、よく食べ、よく運動しよう!』」という環境作りをしっかり行っていくことが重要です」