系列超えた連携で医療の質向上を目指す
実業団・女子日本一を決める「全日本実業団対抗女子駅伝大会」が開かれた2007年12月16日、歓声に沸く発着場所の岐阜・長良川陸上競技場に隣接する長良川国際会議場でも、同競技場の熱気に引けを取らぬほどのシンポジウムが開かれていた。「中部医療の質管理研究会」が主催した同シンポでは「転倒転落対策」と「医事課業務の改善」を柱として、会員病院が事例を報告。その成果を踏まえて活発な論議が繰り広げられた。「単なる成果発表でなく、会員の日常業務改善につなげたい」という齊藤雅也会長に研究会設立の経緯や活動の狙いなどを聞いた。
異業種同士のコラボレーション
医療現場の勤務経験はないものの、製造業での実務経験を持つ大学教授と、一般企業の管理システムについては何も知らないまま病院運営の責任者となった医師――。「中部医療の質管理研究会」の発足は、いわば"異業種"出身のキーマン2人が双方の経験を互いに生かすべく、意気投合したことによる。
岐阜県瑞穂市に本拠を置く朝日大学が産学協同研究の一環として、製造業における第一線の管理者向けに公開した「経営学講座」を、関中央病院(岐阜県関市)院長でもある齊藤会長が受講したことがそもそもの発端だ。
「経営管理」「品質管理」「トヨタ生産方式」「多変量解析」「実験計画法」などの講座で構成される同講座は当然のことながら、病院関係者を対象とはしていない。にもかかわらず"想定外"の病院長が受講したのは、自らが新しい時代の病院運営方法を模索していたからに他ならない。
一般企業のTQM(Total Quality Management)を病院運営に導入している成功例があることを知り、齊藤会長は自院にTQM手法の考えを入れてみようと、朝日大学経営学部の國澤英雄教授による院内のTQM勉強会という形で具体的に推進。4カ月で計8回行われた勉強会を機に、同院では部署ごとのQC活動をスタートさせた。TQM推進の最も具体的な成果報告として、2004年3月に第1回院内QCコンテストを開催している。
突きつけられたカルチャーショック
会の立ち上げには齊藤会長の強い思いが込められていることは前述した通りだが、その原動力となったのは同会長を襲った一種のカルチャーショックである。関中央病院に赴任する以前の病院がすべて公立もしくはそれに準ずる施設だった同会長にとって「医療の本質は患者本位の治療を適切に行うこと」であった。これは、公立であろうが民間病院であろうが、医療に携わる者の原点である。
「しかしながら、繰入金という補助金があっても赤字経営となることが多い公立病院と、何も補助がなく、赤字経営は即組織の存亡につながる民間病院では、現場の経営に対する姿勢がまったく違っていた」と振り返る。言葉を変えれば、同会長が公立病院勤務時代に抱いていた病院運営感覚は、ぬるま湯の中で培われたものであり、民間病院とのギャップの大きさを思い知らされたともいえる。
臨床現場でのスタッフとしての医師と、経営者の資質が求められる病院長とでは当然、取るべきスタンスや捉えるべき視点が異なる。特に痛感したのは「業務の効率化とか標準化などに対するノウハウの必要性」であった。こうして、さまざまな研修を受けたり、情報収集を重ねたりする中で導き出されたのが「TQMの手法を医療の質向上につなげる」という目標である。
朝日大学の公開講座を主宰した國澤教授が「トヨタ生産方式」を実践しているトヨタ車体の出身であったことが幸いした。製造現場と医療現場という違いはあっても、質の追求に重点を置くTQMの立場では応用できる参考事例が少なくないからだ。
数多くの実績を挙げた製造現場のTQMをなんとか医療現場に採り入れようと齊藤会長は奔走。こうして、関中央病院だけで行われていた勉強会は近隣4病院(同院、村上記念病院、松波総合病院、岐阜市民病院)を巻き込む格好で広がりを見せ、それを発展させる形で他の医療機関にも呼びかけ、2005年4月に上記の4病院で発足したのが「中部医療の質管理研究会」である。
転倒転落防止で徐々に成果
同年4月には國澤教授の指導で医療現場の2大ヒヤリ・ハット事例である「転倒転落」と「誤薬」のうち、前者をテーマとする共同研究をスタート。会員病院の現状把握を行った。以来、研究会では「転倒転落」を共同研究の主要テーマに掲げ、学会発表やシンポジウムなどの機会を通じて、会の取り組みを外に向けて報せる一方、関係職員のモラールアップにつなげるなど地道な活動を続けている。
昨年12月16日のシンポジウムは、そうした成果発表の場で「転倒転落の対策2年目の評価と、新たな試み医事課業務の改善」をテーマに開催。これまでの研究成果を研究会参加病院以外にも発信し、病院の経営と管理に関わる課題や今後の方向性を考える場として多数の来場者を集めた。
研究会には現在、民間病院を中心に愛知、岐阜、三重三県下の12施設・機関が参加。原則として、毎月第3火曜日の夜7時から2時間の会合を持つ。発足当初は会員病院の相互紹介や勉強会が主だったが、回を重ねるにつれて外部講師を招いたり、共通の課題を研究したりするなど「病院の質を幅広い視点で論議する場」として機能させている。
外部講師による講演や、他病院の改善事例報告の際には複数病院の関係職員も出席して活発な質疑応答が行われる。「複数病院が参加する一連の活動は研究会が目指す質改善活動の活性化にとっても有効」と木村茲事務局長はこれまでの取り組みを総括。研究会の掲げる「質の改善」が目指すのは医療現場における安全の確保のみならず、患者を診る(看る)という医療の質の向上である。
医療現場における「質の改善」が製造業ほどの成果を挙げられていない理由の1つとして齊藤会長が指摘するのは「"見える化"がシステムとして機能していないこと」だ。
したがって、モノづくりの世界ならば常識の「業務フロー図」を描くことすらできてこなかった。医療現場にようやく普及してきた業務フロー図はクリニカルパスであろう。それまでは「質を高めるために為すべき情報や手順や判断などの重要事項がすべて個々の医師の頭の中に秘められていた」(同会長)のである。
そこで「共有する問題点を探り、それを改善することこそが事故を未然に防いだり、職場のモラルを高めたり、医療現場での業務を効率化させたりすることに結びつく」と同会長は"見える化"を進めることの意義を説く。医療は医師のみで完結できるものではなく、他職種協同で行うものであり、情報の共有化は必須である。それだけに"見える化"が重要なのだ。
スタッフが元気になれば医療も良くなる
これまで見てきたように、同研究会は「医療現場におけるTQMの導入が急務であり、そのためには複数の医療機関で推進・協議する場を持つことが必要」と考える有志の呼びかけで設立されたという経緯を持つ。医療安全の推進にも密接に関わる「転倒転落」を研究の主要テーマに掲げるなど、地道ながら実践的な活動をコツコツと重ねている。
TQMを医療現場に採り入れようとする動きは他地区でも見られるが、そのほとんどが民間(多くは企業立)における病院単位の個別活動であり、同研究会のように志を同じくする施設が運営母体や系列の枠を超えて連携している取り組みは極めて珍しい。その点で、同研究会の活動は評価されて良いだろう。
齊藤会長は活動の成果として「スタッフが元気になれば医療も良くなる」と断言する。例えば、06年に行った第1回のQC大会では、作業の無駄を省く取り組みを実践した関中央病院検査課のサークルが優勝した。そのことを取り上げた新聞記事が契機となって他部門のサークルの活動も活発化。結果的に1つの部署の業務効率化が病院全体の効率化を促した。「つまり、自分たちの仕事を改善することが全体の改善につながることを体得した。その意識付けが医療安全につながるのでは」と見ている。
一方で「改善に対する真摯な気持ちは病院もモノづくりの会社も同じだし、共通項も多い。半面、根本的な文化が違う面もある」として病院の実情を踏まえたTQMの進め方を模索している。「例えば、トヨタ生産方式では問題が起こったら製造ラインを止めて改善策を考えるシステムにしている。ところが、製造業とは異なり、病院では業務を止められないことが多い。したがって、TQM構築のためには、病院独自のシステムづくりが必要である」と強調。こうした取り組みに関心のある病院の参加を呼びかけている。
【参加施設】(順不同)
- 岐阜市民病院
- 公立陶生病院
- 関中央病院
- 大雄会病院
- 松波総合病院
- 村上記念病院
- 岩砂病院
- 太田病院
- 愛知きわみ看護短期大学
- 朝日大学経営学部
- 岐阜市立看護専門学校
- 平成医療専門学院
- 中部品質管理協会
- 三重県国際規格審査登録センター
プロフィール
齊藤雅也(さいとう・まさや)氏略歴
1978年3月岐阜大学医学部卒業、消化器疾患を専門とする第一内科に入局するも、赴任先の病院で経験を重ね、83年1月国立療養所岐阜病院赴任後から呼吸器科内科医に転身。呼吸器学会、呼吸器内視鏡学会指導医。禁煙外来にも力を入れている。91年、7つ目の赴任地として迎えられた関中央病院で、TQM手法を病院経営に採り入れる必要性を痛感。製造現場の品質管理を医療現場に活用することを狙いとして2005年4月発足の「中部医療の質管理研究会」に当初から参画し、07年4月会長に就任した。毎月の例会や年に1度の発表会などを通じてTQM手法の普及に努めている。1952年9月、岐阜県生まれ。
連絡先:医療法人香徳会
関中央病院=岐阜県関市平成通2-6-18
TEL:0575-22-0012
FAX:0575-24-3787
e-mail:(中部医療の質管理研究会事務局専用)
取材・企画:伊藤公一