医療法人光仁会 春日部厚生病院薬剤科
医療安全対策は全ての医療機関、医療従事者の重要な課題となっている。それぞれの施設が医療安全のために様々な対策を行っているが、その内容は施設の規模や設立主体などによって若干異なる。今回紹介する春日部厚生病院は典型的な中規模病院。資金的にも人的にも限られた状況の中で、快適な療養環境の提供と医療安全の確保に取り組む事例である。
調剤エラー表の活用による事故防止対策
春日部厚生病院は、一般病床、回復期リハ病床、介護療養型病床を合わせて190床の中規模病院である。1日当たりの入院処方せん枚数は60~70枚(内服薬、外用薬)で、外来は100%院外処方せんを発行している。薬剤科の薬剤師は6名で、常勤が4名、非常勤2名という体制。
薬剤科では従来から、処方せんチェック、調剤薬の監査、複数規格品や間違えやすい医薬品の配置の工夫、注意喚起の表示など、調剤業務にかかわる過誤防止対策に取り組んできた。また、月1回のミーティング、毎日の連絡会議、さらに研修会等を通じて、エラー防止を徹底してきた。
2003年6月からは、さらに薬による大事故の発生を防止するため、薬剤科で独自に作成した『調剤エラー表』を活用し、その集計・分析結果を医療事故防止に役立てる試みを開始した。
ここでいうエラーとは、過誤、ヒヤリ・ハットを問わず監査の時点で発見された調剤過程におけるあらゆるエラーのことを指す。
エラー表の横軸には、(1)薬袋関連ミス(2)薬品取り違え(3)数量の過不足(4)内規違反(5)薬剤の入れ忘れ(6)印字(PC入力)ミス(7)その他の項目があり、縦軸は1か月分の日付と曜日が入ったカレンダー。また、下段には、「なぜミスが生じたのか」という原因を記載する欄がある。この原因としては、(1)思い込み(2)確認不足(3)割り込み(4)経験(知識)不足(5)伝達不足(6)その他―などに分けられている。
監査はマンツーマンで行うが、その時点で発見されれば、直ちに作業を中止して、薬剤科に備え付けてあるエラー表にミスを起こした本人が記入する。記入方法は『正』の字をつづっていく形式。また、その場で思い当たる原因を探って、これも本人が記載する。ただしミスを起こした当人の署名はない。
この理由について、新井真澄薬剤科長は、「ミスを起こした時点で本人に記載させた方が、自己反省につながる。無署名にしているのは、エラー表の目的が個人の追及ではなく、あくまでも事故を未然に防ぐことにあるからです」と話す。確かに、総勢6人、常勤4人という体制では、個人の責任を追及するまでもなく、全員に知れ渡ることになる。エラー数は1件もない日もあるが、4~5件と続出する日もある。エラー表は集計・分析して、どんな原因が多いのか、作業の手順や環境、システムに問題があるのかなどを探り、改善につなげる。もちろんこの時点で調剤過誤に至った場合は、副病院長を委員長としたリスクマネジメント委員会にあげられることになる。
ターニングポイントとなるアクシデント
エラー表を活用した医療事故防止策は、一定の成果を上げてはいたが、2005年6月、大きなターニングポイントとなるアクシデントが発生した。
アクシデント事例
安定剤、セレネース(0.75)2T/vdsが処方されていたにもかかわらず、催眠導入剤レンドルミン(0.25)2T/vdsを調剤(一包化)、監査でも発見されず、5日間誤った薬が患者に投与された。その後、患者の不穏状態が改善されないということで、増量処方が出た際に、病棟看護師から現在服用中の錠剤と違うとの指摘を受けて発見された。
なぜ、このようなエラーが発生したのか、「よく見て」「よく注意して」と精神面を追求してもエラーは起こる。マンパワー不足で忙しかった、という理由では患者に対しても言い訳にならない。「スタッフは愚痴もいわずに頑張ってくれていただけにショックでした。不安な状況で作業するのは大変なプレッシャーです。環境整備が大切と痛感しました」と新井薬剤科長。これまで取り組んできた医療事故防止対策の限界を感じたのである。
そこで新井薬剤科長を中心に、いままでとは違った視点からの安全対策を考え、航空業界、産業界ではすでに取り組まれている「ヒューマンファクター」の考え方に着目した。ヒューマンファクターとは、人間や機械等で構成されるシステムが安全かつ効率よく目標を達成するために考慮しなければならない人間側の要因のこと。
病院側もこうした薬剤科の危機感を汲んで、自動錠剤分包機の購入を決断してくれた。薬剤取り違えという重大な過誤の原因の一端が常勤3人(アクシデント発生当時)というマンパワー不足にもあったことに理解を示し、当初の予算にはなかったが高額の機器を導入することを決定したのだ。薬剤科は、これを機にシステムの再構築に取り組んだ。
院内LANのよる情報の一元化、作業動線の確保
まず、既存システムのApos(薬剤管理指導業務支援システム)と全自動錠剤分包機および関連システムの調剤支援システム、分包管理端末との院内LANを活用した連動プログラムを構築、これにより情報管理の一元化を図った。
同院ではまだオーダリングシステムが導入されていないが、将来的なオーダリングシステム導入にも対応できるシステムとした。
また、調剤業務の作業効率を改善するために、「人」の動きを考慮したうえで管理、調剤、監査のためのスペースを確保、薬品棚の配置換えも同時に行った。自動錠剤分包機の導入と院内LANによる情報の一元化、作業動線の再構築で実際にはどう変わったのだろうか。
薬剤科の二宮智子さんは、「5日間かかっていた作業が3日で済むようになった感じ。想像以上に効率化が図れたと思う」と語る。実際、1日に60~70枚の入院処方せんを調剤し、約200枚前後の院外処方せんの分もすべて薬剤科でチェックしてから出すようにしている。処方せんに疑問があれば、院内分も院外分も医師に疑義照会するという忙しさ。「それまでは、精神的に追われながら作業をしていたような印象でしたが、システムが変わってからは集中できるようになったというか、いい意味で余裕をもって取り組めていると思います。もう昔には戻りたくありません」と二宮さん。作業量に追われても、間違いが許されない調剤業務。システムの再構築で「業務に追われ、いつ自分がミスをするか...」という精神的なプレッシャーから解放され、笑顔が見られるようになったことの意味は大きい。
薬剤科スタッフの写真
向って左から 関口智子さん、渡邊愛さん(上)、牧野美鈴さん(下)、二宮智子さん、山村明夫さん、新井真澄さん(薬剤科長)
調剤発生率は1.83から1.59へ
それではエラーの発生状況は、システム導入前と後とではどう変わったのだろうか。2003年6月から開始した「調剤エラー表」のデータを見ると、2005年11月末までの2年6か月の時期に発生したエラー発生率(※)は、平均1.83%だった。もちろん月によってばらつきはある。新人が入職する4、5、6月には2.51%という高いエラー発生率を示すが、その後は平均値に収束する傾向がある。しかし、発生率を1%以下に抑えることはできなかった。
システム導入前のエラーの内容は、「薬袋記載ミス」「数量の過不足」が全体の6割を占め、次いで「薬剤入れ忘れ」「内規違反」「印字ミス」「薬品取り違え」「その他」などの順だった。重大な事故につながる「薬品取り違え」は導入前も導入後も最も少なかった。
システム導入後のエラー発生率は1.59%。データとしては2005年12月から2006年7月末までの8か月間であり、今後も継続してデータを蓄積する必要があるが、05年12月には0.97%、06年3月に0.91%と初めて1%を切った月があったことは特筆される。導入前と導入後のエラーの内容では、順位は大きく変わってはいないが、「薬剤入れ忘れ」「内規違反」がわずかに増加傾向を示した。「薬剤の入れ忘れ」については、散薬のヒート包装、全自動に入っていない薬剤が増加傾向にあること、全自動錠剤分包機の操作に不慣れだったことがあるようだ。また、「内規違反」はこの8か月のうち3か月が新人の入職期間に当たり、内規に習熟していない面が出たと見る。
新人教育はプリセプターシップで
薬剤科は新人教育にあたり、プリセプターシップを取り入れている。1人の新人薬剤師に1人の先輩薬剤師がつき、ある期間マンツーマンで教育・指導する。一方的に教えるのではなく、新人の意見を尊重し、意見を交わしながら実務的なことを中心に指導している。原則1年間は先輩薬剤師がつくことになるが、3~4か月は文字通りマンツーマンで接することになる。
また、薬剤科は自動錠剤分包機の導入を機に、分包紙を透明なビニル製のものに換えた。以前は、紙製のくもりがある分包紙だったが、これだと外観から錠剤の色やマークが見えにくく、監査で識別しにくいきらいがあった。透明にしたことで「こんなに見やすいのかと感動した」(新井薬剤科長)という。ただ、ビニル製のものは、コスト的に紙製の2倍程度高くなるほか、薬をまとめておく輪ゴムを外す時にちょっとしたスジが入って破れてしまうことがある。また透明であるためカッティング部分が見えにくいのも事実。このため、看護師さんからは「紙製の法が扱いやすい」という意見も寄せられているという。扱いやすく、コスト的にも優れたビニル製の分包紙の登場が待たれるところだが、新井薬剤科長は「調剤する立場からは、透明で識別しやすいことが第一優先」と安全性確保の視点を強調する。
新井薬剤科長は、今後の課題について「もっとデータを蓄積して、エラー防止に取り組みたい」と話す。オーダリングシステムへの対応も残されている。また、その原動力は、「スタッフの和」にあると見る。限られた人員で多くの作業を処理するためには、互いに協力して取り組むことが欠かせないからだ。薬剤科の取り組みはまだ発展途上だが、医薬品の専門家としての薬剤師の責任感がうかがえる。
※エラー発生率:調剤数に対する調剤エラーの割合