わが国の透析患者数は2005年12月31日末現在で、25万7765人に膨らんだ(日本透析医学会発表)。前年同期比で9,599人の患者が加わり、増加の一途をたどっている。多くの患者が透析を必要とする現状において、在宅で行える腹膜透析が注目されている。腎不全の進行を緩やかにしたり、患者のQOLを維持できるなどメリットの多い方法ではあるものの、医療者の目の届かない自宅や職場において患者自身や家族が透析を行うため、感染対策などの安全管理が重要だ。腹膜透析の普及に努めてきた貴友会王子病院(東京都北区・129床)の窪田実院長に聞いた。
窪田実院長
Q.透析を受ける患者さんは増えているようですね。透析の現状を教えてください。
―以前は慢性腎炎から透析が必要になるケースが最も多かったのですが、近年は糖尿病が逆転しました。糖尿病患者の増加に伴って、今後透析はますます増えると予想されています。また、透析導入患者は年々高齢化しており、2004年には透析平均導入年齢が65歳を超えました(日本透析医学会統計調査委員会)。
現在、透析患者の約96%が血液透析(Hemodialysis:HD)、残る4%弱の約1万人が腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)を受けています。血液透析はよく知られている方法で、週2~3回透析設備のある病院に通い、体の外に引き出した血液から老廃物と余剰水分を4時間ほどかけて取り除きます。
一方、腹膜透析は、「ろ過作用」を持つ患者自身の腹膜を、腎臓の代わりとして利用する方法です。腹膜透析では、腹部にあらかじめ細いカテーテルを埋め込んでおき、透析液を腹腔内に注入します。透析液が一定時間貯留している間に腹膜を介して血中の不要な老廃物や水分を透析液に移動させ、体外に取り出して血液を浄化するのです。
腹膜透析には、自分で透析液を交換するCAPD(Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis)と、装置(サイクラー)によって自動的に透析液を交換するAPD(Automated Peritoneal Dialysis)がありますが、どちらも在宅で医師や看護師など医療者の手を借りずに行うことができます。また、両者とも血液透析に比べれば、自由に行動できます。CAPDの場合、透析液をつねに腹腔内に貯留させるため、患者さんは1回につき30分程度の透析液のバックの交換作業を1日4回行う必要がありますが、それ以外の時間は自由。一方、APDは就寝前に腹部のカテーテルに機械をつなぎ、起床時に外すまでの約8時間、ずっと透析をしていることになります。1日1回だけしかも寝ている間に終わるため、日中の生活に制約はありません。「患者さんのライフスタイルに合わせて、ある程度の融通が利く」というところが腹膜透析の最大の利点と言えるでしょう。
さらに腹膜透析は、体に負担が少ない方法でもあります。2~3日に1度の血液透析に比べると、体液や血圧の変動が少ないために心臓への負担が軽く、食事制限もそれほどきつくなくてすみます。また、血液透析では早期に尿が出なくなりますが、腹膜透析であれば尿が長く保たれますので、腎機能の低下を緩やかにすることができるのです。腹膜の機能には限界があるため、10年を目安にいずれは血液透析に移行する時期がくるものの、血液透析に優先して先ず腹膜透析をしたほうがいいと考えます。我々はこのような「PDファースト」を推奨していますが、腹膜透析という選択肢があることすら知らされていない患者さんもいて、実施率は非常に低いのです。
Q.腹膜透析は在宅で行うということで、感染管理などはむずかしいのでしょうか。
―1人の腹膜透析患者が経験する感染症は、腹膜炎が6年に1回、カテーテルの出口の感染が3年に1回とされています。まずこうした感染をできるだけ起こしにくくすることと、それでも感染してしまったら早めに対処することが求められます。具体的な対策としては、(1)カテーテルの挿入と出口を作る際の手術法の工夫、(2)在宅での管理の徹底、のふたつがあります。
まず手術ですが、従来法ではカテーテルの挿入・留置と出口を作る手術を一度に行い、そのあと1~2ヶ月間の手技の習得やコンディショニング期間を経て腹膜透析を導入していました。この方法だと入院期間が長くなるうえに、カテーテル関連の合併症が起こりやすいのです。これを改善するために、我々は1993年にアメリカのMocrief と Popovichが考案した段階的導入法(SMAP:Stepwise initiation of PD using Mocrief And Popovich technique)を日本に導入しました。SMAPではカテーテルを留置する際に出口を作製せずにいったん皮下に埋没し、透析を開始する時期に出口を作製します。留置と出口の作製という2回の手術が必要になりますが、2回とも短期入院で済み、総入院期間で見れば従来法よりも大幅に短縮されることになります。留置から出口作製までの期間は通院で手技の習得をしてもらえばよく、コンディショニング期間は必要ありません。SMAPの採用で、コンディショニング期間に多かったカテーテル関連の感染は激減しました。現在SMAPは他の病院でも導入されるようになり、全腹膜透析患者のうち25%はSMAPを用いています。
透析を開始後、CAPDの場合は1日4回の透析バッグの交換をしますが、バッグには閉鎖回路システムが採用されており、透析液は外気に触れることなく落差を利用してバッグ交換を行えるため(排液バッグを腹腔より低くして腹腔に貯留した透析液を排液バッグに取り出し、注入時は新しい透析液バッグを高い位置に置き、腹腔内に注入する)、感染の心配はほとんどありません。高齢者や視力障害者、手の運動障害者にはバッグの付け替えと殺菌を自動的に行う小型のバッグ交換器もあります。
また、カテーテルの出口部分は、患者さん自身が出口部および周囲の消毒を毎日行い、清潔にしなければなりませんが、一連の手技は、カテーテルの留置と出口作製時の2回の入院とその間の外来通院の時に、担当の医師や看護師が指導をしています。とくに透析開始直前にはロールプレイングを取り入れた指導を行って、患者さんの不安をなくすよう努力しています。
Q.患者さんを指導する医師や看護師には、特別な知識が必要ですか。
―腹膜透析の場合、「こうなったときは、どうすればいいのか」というケースバイケースの判断が非常に重要なのと同時に、患者さんのかゆいところに手が届くような細かいテクニックが要求されます。これは教科書を見るだけでは不十分で、実践に即したトレーニングが必要なので、ケーススタディを取り入れた講習会を実施しています。講習会は、主に外部の病院の医師・看護師向けで希望者がいれば、随時行っています。
Q.ケーススタディを学んでおけば、感染などが生じたときにも、的確に対応できますね。
―感染が生じても、早めに見つけて対処すれば、それほど怖いものではありません。患者さんには2~4週間に1度は外来を受診してもらっていますので、まずそこで私が診ることができます。
さらに当病院には、パソコンや携帯電話を使い、患者さんの状態をいつでもチェックできるシステムがあります。これは1997年にNTTドコモとオリンパスの協力を得て試験的にはじめたもので、患者さん自身にデジタルカメラでカテーテルの出口部分を撮影してもらい、携帯電話を利用して私のパソコンに画像を送ってもらいます。当時は90万画素でしたが、それでも状態がよくわかり、あるとき患者さんの送ってきた写真から、出口付近に小さな肉芽ができていることが確認できました。これは感染のごく初期の兆候だったため、すぐに来院するよう指示し、抗生物質を服用して大事に至らずに済みました。今は携帯電話のカメラで撮影した画像を送ってきたり、デジタルカメラとパソコンを使って送ってきたり、体重や血圧などの数値をメールで送ってきたり、患者さんそれぞれが自分に合った方法を使い分けて病院とコンタクトをとっています。患者さんからは「電話やパソコンの向こうに先生がいると思うと安心」と言われるので、感染の早期発見だけではなく患者さんの不安の軽減にも大きく寄与しているように思います。
Q.腹膜透析ができないケースはありますか。
―腹膜の状態が悪くなければたいてい大丈夫ですし、高齢でも問題はありません。ご自身で管理ができない場合でも、ご家族などのキーパーソンのサポートがあれば可能です。ただし、認知症などで自ら出口を傷つけてしまうようなケースは、難しいですね。
当院では、認知症の患者さんでも工夫次第で継続できるケースもありました。ご家族のサポートで夜間にAPDをやっていたのですが、昼間家族が目を離した隙にカテーテルをはさみで切ってしまわれたのですね。一般的にご自身で操作しやすい位置ということで下腹部にカテーテルの出口を作るのですが、この患者さんからしてみれば「弄りたくなる位置」だったわけです。そこで再び手術をして、ご自身の手が届かない背中側の左肩甲骨の下辺りに出口を設けました。手術をする前にご家族とよく話し合い、右を下にして寝ることが多いなどの情報を得て位置決めをしたのです。そのおかげで以後問題なくAPDを継続しています。
Q.工夫をすれば、より多くの患者さんが腹膜透析の恩恵を得ることができるわけですね。
―私は内科医ですが、カテーテルの挿入と出口作製の手術は外科医に頼まずに自分で行っています。透析患者さんと長いつきあいをしていく内科医が手術にかかわれば、患者さんが使いやすいように、あるいは感染しにくいように手術法を工夫しようとします。私自身も患者さんの意見を聞きながら、カテーテルの出口の位置を以前のような下腹部にこだわらずに、しっかり固定しやすい季肋部(肋骨の下の部分)や、入浴時にお湯に浸からないようなさらに高い前胸部に作るなど、患者さんのライフスタイルに合わせた工夫をしてきました。こうした工夫は感染率の低下に大きく寄与してきたと感じています。内科医も、もっと積極的に手術に参加していくべきなのです。また、先ほどお話したパソコンを利用したやりとりなどを利用してできるだけ患者さんとかかわる機会をもつことも大切。患者さんの生の声に接すると、何をどう変えていったらいいかが見えてくると思います。