今までの常識では診療・診察は、医師と患者が同じ場所に位置していなければならなかった。しかし、現在取り組まれている遠隔医療がさらに発展していけば、それらの問題も緩和され、医療の質も向上することだろう。そこで今回は、日本遠隔医療学会会長の村瀬澄夫氏(信州大学医学部教授)に、遠隔医療の現状と今後についてお話を伺った。
遠隔医療とは
「遠隔医療とは、直接対面せずに通信技術を用いて、診断・診療等の医療に関わる行為や在宅健康管理等の保健に係る行為を行うこと。定義上、患者さんに対する電話やメールでのサポートも遠隔医療の概念に含まれます」と村瀬氏。実際、遠隔医療と呼ばれるものにはどのような種類があるのだろうか。以下、主な3つののカテゴリについて説明する。
テレパソロジー(遠隔病理画像診断)
癌の手術などでは、手術部位の細胞を一部取得。その細胞を顕微鏡レベルで確認し、正常組織か病変組織かどうかの判断を下す。この判断を下すのが病理医。現在、病理医は全国的に不足している。そこで顕微鏡にデジタルカメラを装着し、病理医に組織画像を送信。診断する。結果は即時に、依頼元医療機関へフィードバックされ、手術等に役立てられる。村瀬氏は、「昔は、癌の細胞組織を取って郵送。二週間後に結果がわかり、再度手術する。つまり、二回手術が必要になることもありました。しかし、遠隔医療に基づく術中迅速診断を行えば、そのようなことはなくなります」とその有用性を語る。
テレラジオロジー(遠隔放射線画像診断)
放射線画像を取得するCTやMRI。これらの画像を遠隔地にいる放射線診断医に転送し、診断する。結果は依頼元医療機関へフィードバックされ診療に役立てられる。「遠隔放射線画像診断を行わない場合、往復の移動時間で半日以上費やし、実際に医師が読影している時間は2時間といったケースもありました。またCTやMRIの普及に比べて、放射線診断医は不足しているため、放射線診断医に効率的に診断してもらうことが必要です」と村瀬氏は語る。例えば、セコム医療システム株式会社のホスピネットの場合、複数のドクターが読影診断を担当。ホスピネットが窓口になって読影依頼を振り分けるといった仕組みもあるようだ。
テレケア(遠隔健康管理)
健康管理端末で測定した生体情報を保健師や医師へ転送。その情報に基づく指導等を行う。例えば、トイレで排尿すると便器にセンサーがついており血糖値が自動でわかるシステム、ネットワーク対応型携帯心電計(net-AECG)で心電計の情報を随時医療機関へ転送するシステム、親の元気がわかるみまもりポット などで独居老人の在宅確認を行うもの等がある。「健康管理端末で毎日記録を行うのは大変なので、今後は、センサー技術を有効に活用し、本人が能動的に行動しなくてもデータが取得されるようになっていく必要があるでしょう」と村瀬氏は将来像を語る。
普及状況
厚生労働省の平成17年「医療施設(静態・動態)調査・病院報告」では、全病院の7.6%に相当する682病院が遠隔画像診断を行っている。遠隔病理診断については、143病院(1.6%)。在宅療養支援は83病院(0.9%)である。(表1)
また、日本遠隔医療学会誌での報告では、全国652の医療機関を対象に行ったアンケートで220の医療機関から有効回答を得、その中の65.9%が遠隔医療の経験をもっていた。詳しい実施状況については表2の通り。
さらに料金については表3の通り。遠隔医療を依頼する医療機関の36.7%が対価の支払いを行い、33.0%が受け取りを行っている。「主に放射線画像診断(テレラジオロジー)の読影診断が多く、1件2000円前後で広がっている」と村瀬氏。
【表1】
【表2】
【表3】
遠隔医療の将来
「よく、遠隔医療は必要ない、患者さんは直接診なければいけないといわれることがあります。しかし、直接診ることは堅持しつつ、遠いからなかなか来ることができない、昨日来た患者さんの様子をちょっと知りたいといった場合に再度来院してもらうのも大変。そういう時には、他の先生でも普通に電話をすると思います。それも遠隔医療です。遠隔医療は特別な医療で、ただの電話は遠隔医療ではないと思うかもしれませんが、対面しないで診療・健康管理等を行うものはすべて遠隔医療です。昔は、手紙で患者さんの様子を伺いましたが、それが技術の進歩で電話やFAX、Eメールになり、さらにテレビ電話になってきています。これからは、携帯電話に付属しているテレビ電話機能を使って、『先生、こんな風になっていますけど...』といったように、患部の状況を映像で連絡することも当たり前になって来ます。このように、遠隔医療とはなにも特殊なものではなくて、今の電話やFAX、Eメールの延長線上にあるだけなのです」と村瀬氏は語る。
また、村瀬氏は遠隔医療の中のテレケア(遠隔健康管理)を中心にした考え方を重視している。「遠隔から手術しようという試みももちろんありますが、それはかなり特殊なケース。遠隔手術ももちろん重要ですが、遠隔健康管理を徹底させ予防医療を充実させることのほうが国全体としては大きな成果になるのではないでしょうか。実際、病院に行かない人たちが重症化して医療費を押し上げています。このため、これらの人を事前に改善させること、つまり予防医療が重要でしょう」。病院に来ない人たち対して、重症化する前にアプローチすることの重要性を力説する。この予防医療は、例えば個人の簡単に取得できる生体情報(血糖値等)を毎日病院へ転送し、日々蓄積された情報から生活習慣病の改善をしっかりとモニタする、といった具合で実現する。
「疾病に罹患していない段階で、一人ひとりが自分自身の健康に関してどう管理するかを考えるようにならないと健康管理はできません。例えば、メタボリックシンドロームで管理栄養士等が積極的に指導しようと思っても、本人が自発的に取り組まなければ効果はあがりません。これからは、遠隔医療等を活用し、自分自身で健康管理をすることが求められる時代になってきます」と村瀬氏は主張する。
また同時に、患者さん自身が医療の詳しい内容を理解するようになると、医療行為に対する関心が高まり、チェック機能も果たすことができる。医療従事者は忙しい。「本人以上に飲んでいる薬の種類や量などを綿密にチェックできる人はいないのではないのでしょうか」患者さん自身の医療行為に対する関心が増せば、診療情報の患者さんへの開示も本当の意味が出てくるのかもしれない。医療安全という観点からも、患者側からのチェックも加えることは意義がありそうだ。
村瀬氏は「遠隔医療の普及のためには補助金や政策に頼るだけではだめ。少ない予算、限られた予算の中で、いま何ができるかを模索していかなければなりません。つねに、費用対効果を考えながら、その時代にある技術を使って、どこまで医療に応用できるかを考える必要があります」と語る。
<取材を終えて>
村瀬氏が指摘するように、遠隔医療はなにも特別なものではなく、いつのまにか人々の日常的な医療の中にあるものとなる時代がくるのだろう。簡単に専門医の所見が得られる状況が整備されれば、医療事故の減少にも寄与するのではないだろうか。遠隔医療が常識的な医療となる社会の構築のためにも、村瀬氏率いる日本遠隔医療学会の今後の活動に期待したい。
取材 田北陽一